
哲学者ブッタ、から学ぶ情報発信
「ブッタ」は、
実はバッキバキの虚無感サバイバーだった件
こんにちは、Dです。
今回は、
あの「ブッタ」から情報発信を学ぼうという、
内容です。
実は、ブッタの教えには、
現代の情報発信にも活かせる、目から鱗のヒントが満載なんです。
こうやって気づけたのも、
ジャンルに囚われず、何でも興味を持って調べたり考えたりすることで、
あ、これってあれと一緒だよな。
あー、これはあれと繋がってるよな。
となったから。
知識ってこうやって広がっていくんだな。
改めて言語化って楽しいよなって。
まぁ、なんかこの人賢そう。
っていうブランディング。
だったりもする訳ですが。
こうやって、
日頃から何気なく見てる物の見方を変えるだけで、
景色はずいぶんと変わってきます。
気づきをちゃんと拾うって大事です。
ということで今回は、
たまたまブッタ、
についての本を読んでいる時に、
あ、これって情報発信と一緒やん。
ってなったので、ブログにしています。
え、でもさ、
「ブッタって、なんかの上に座って、悟ってる人でしょ?」
「情報発信とか関係なくね?」
と、皆さんは、なんの関係があるの?
って思われた方もいるかもしれません。
しかし、
よくよく考えてみれば、
ブッダこそが、
人類史上、最も成功する情報発信者の一人と言えるんじゃないか?
って思ったんですよね。
いや、言い過ぎか。
ん?どうだろ。
あー、
やっぱいける。
そう、
彼の教えは、2500年経った今でも世界中に広まり、
多くの人々の心を掴んで離さないじゃないですか。
これは、情報発信でも大切な要素。
分かります?
少し考えてみてください。
・
・
・
こういう時に一度考えてみる。
思考する。
ということは、情報発信だけでなく、
会社で働く上でも、必ず役に立ちます。
間違ってても良いので、
一度、何か何かしらの答えを出す。
というのを癖づけてみてください。
しかもこういったブログの中では
誰にも答えを知られないので、恥ずかしくなることもないですからね。
では行きますね。
それは、
・
・
・
「忘れさせないこと」
なんです。
聞いたことありませんか?
人ってほんとすぐ忘れるので、
忘れさせないために何をするか、というのはとても重要なんですね。
そう考えると、ブッタって2500年もの間、忘れられることなく
語り継がれるって、とんでもないことですよね。
今回のブログでは、
そんな伝説となったブッダの生涯とその教え、
それを、
現代の情報発信という視点から読み解き、
私たちが日々の発信活動に活かせる視点というのを、
抽出してみます。
バキバキの虚無感に苦しんだ過去。悩める王子のリアル
まず、ブッダについて語る上で忘れてはならないのが、
彼が悟りを開く前は、
実は「バキバキの虚無感に苦しんで生きていた」
という事実。
マジもんの、「バキバキの虚無感サバイバー」だったんです…
まずは、
ブッタって誰?
って方もいらっしゃるかと思いますので、
ブッタについて
簡単に紹介します。
(こんなこと言ってますが、このブログにするまでは名前しか知らないレベル、だったというのは内緒です…)
ブッタの本名は、ゴータマ・シッダールタと言って、
現代のネパールあたり、釈迦(シャカ)シャカ族の王子として生まれました。
彼の教えとして、仏教というのが世界中に広まっています。
そんなブッタは、
裕福な家庭で何不自由なく育ち、
将来を約束された、
いわゆる、超がつく程のハイスペックな引きこもり。
でした。
しかし、
彼は満たされない心、
常に、「虚無感」というものに、苛まれていました。
それもそのはず、
ブッタは、存在の意味への懐疑を持ち
「私の人生、なんの意味があるんだ?」
という深い問いに悩まされていたり、
「本当の自分ってなんなんだろう?」
という自己探求の問題にも直面していたんです。
王子という特権的環境がある故に、
本人にしか分からない虚しさ…
欲しいものは全て手に入り、豪華な食事とハーレム。(知らんけど)
なのに、物質的な豊かさは心の充実をもたらさなかったという、苦しさ。
最終的にブッダは、
29歳で、この苦悩から「出家」という極端な選択をし、
全てを捨てて自己探求の旅に出ています。
これは単なる転職レベルの話ではなく、
王子の身分から、文字通りホームレスになることを意味する
意味不明がすぎる決断です。
そう考えると、
ブッタって、なんかすごい神様っぽかったりしてるけど、
「あれ、ブッダってただの人間だよな?」
「ただのインド人だよな?」
そして
「多分、カレー食ってたよな?」
(昔のカレーってどんな味すんだろ)
という、当たり前の事実を改めて認識すると、
なんだか親近感すら湧いてきたり…
そうなんです。
ブッタも、私たちと同じように
悩み、苦しんでいたんですね。
今から約2500年前に生きたブッタ。
そんなブッダも、私達と同じように、
虚無感を感じていたんです。
しかし、
彼はその虚無感を解決したんです。
いわば「虚無感解決のプロフェッショナル」でもあります。
やばくないですか?
そうなんです。
ブッタは、虚無感を乗り越え、悟りを開いたんです。
すごいっすよね〜
超ハイスペックな引きこもりが、バッキバキの虚無感を抱えながら悟りを開くって。
情報発信においても、この「虚無感」は重要なキーワードとなります。
なぜなら、多くの人が
「発信する意味はあるのか?」
「自分の発信は誰かに届いているのか?」
という虚無感に苛まれ、
発信を止めてしまうからです。
たったの2,3ヶ月、半年未満で…
そうなってしまわないよう、
ブッダのように虚無感を克服し、
自分のメッセージを世界に発信し続けるためには、
ブッタの生き方から学ぶべきことがたくさんあるんです。
2500年前から変わらない、虚無感を超える方法、
今回は、それをストーリーでお届けします。
超ハイスペックな引きこもり、外の世界を知り、悟りを開く。
実家の太さは市場を崩壊させる??
さて、虚無感に苛まれていた若き日のブッダですが、
彼のスペックを
現代風に言うと、
「超ハイスペックな引きこもり」です。
想像してみてください。
「まず実家が太い」
それもそう。
だって王族ですから。
さらには、
頭脳明晰、運動神経抜群。(多分)
しかも、めっちゃイケメンだったはず。
修行中、地元のギャルに、突然おかゆをもらったりしてたので。
多分イケメンだったんじゃないかなと。
(知らんけど)
でかい家に住んで、
欲しいものは何でも手に入る。
豪華な食事にハーレム。
(いや凄すぎん?)
もし、彼が現代に生まれてマッチングアプリを使っていたら、
そのハイスペックさで
「婚活市場は崩壊した」ことでしょう。
だってそうでしょw
王族で実家が太い、容姿端麗、頭脳明晰、運動神経抜群ときたら、
パーフェクトヒューマンじゃないですかw
そんなのがきたら皆んなそっちいくでしょ。
って話。
という話ではなく、
(すいません、調子乗りました)
そんな完璧に見えるブッタにも、
満たされない心っていうのがあったんですね。
ブッタ、は実家の城の中では何不自由なく暮らしていたはずです。
しかし、ブッタはニートです。
どんだけ恵まれていても、
ニートです。
何も考えなくてもい。
王子って超やりがいのありそうな感じしますけど、
実際はただのニート。
外の世界を知らない
老い、病気、死、
のことについても何も知らない。
といった
人間の苦しみについて、
全く実感がなかったんですね。
そんなことも知らないブッタはある日、城の外に出て、
老人、病人、死体、そして修行者に出会うんです。
そう、ブッタは、
自分探しの旅に出たんです。
まぁ、無職でニート。
虚無感に襲われ続け、
「自分ってなんなん?」
ってなるには十分な要素はあったかも
しれませんが、
まさかその後、哲学者になるとは
夢にも思って無かったと思います。
皆さんも、
普段何かしら考えることはありますよね。
私も、宇宙ってどこまであるんだろうな、とか、
別の次元に人がいたとしたら、どんなこと考えてんだろうなとか。
多分ブッタも、大体そんな感じで、
外の世界どうなってるんだろな。
って感じだったと思います。
こうやって、
ブッタは並の無職とは違う生まれだったため、
考え方もスケールが違ったのかもしれませんね。
その結果、
一生の家出。
まぁ、私も家出してる身なので
なんとなく、分からんでもないですが…
そうやって、
ブッタは
究極の選択
「ホームレスになる」
という選択をしたんですね。
当時だと、
治安悪かったりしたんだろうか?
とか考えません?
え?森の中で暮らすの?
虫とか、ライオンとか、トラとか、蛇とか、危なそうやけど、大丈夫?って。
29歳のアラサーニート。
外の世界を何も知らないニート。
政治家からベンチャーに転職。
みたいな簡単な話じゃねーっす。
ここで衝撃の事実。
実は、結婚して生まれたばかりの子供もいたという…。
え?ま?
多分、王である父も、
王子の息子が家出した。
ともなれば一大事のパニックです。
奥さんからしても、
意味不明の行動かと思います。
そこまでにブッタをつき動かした原動力は、
虚無感を克服しようとする確固たる思い。
ここです。
人を突き動かす本質は。
確固たる思い。
これはマインドです。
このマインドこそ全ての始まり。
思いが強ければ強いほど、
動く原動力になります。
その次に視点。
どういう考え方をするか?
という視点。
面白いですかね?
この話。
ブッタって、すごい人かも?
っていうことが、
なんとなく分かっていただけましたでしょうか?
まだここから面白くなるので、
どうか見ていっていただけたら嬉しいです。
そうして
ブッタは、家出してからというもの、
様々な出会いを通し、
人生の苦しみや
それを克服しようとする人間の姿を目の当たりにしていくんです。
そして、ブッタも、
老い、病気、死から逃れられないという現実に直面し、
大きな衝撃を受けたりもしたんです。
この経験が、
ブッダの人生を大きく変えるきっかけとなっていってます。
これって、
情報発信においてもよく、
人と話をしなさい、
外に出て人に会いに行きなさい。
と言われていますよね?
ブッタは、それを
言われずともやる。
ということをやって
結果を出しただけなんですよね。
こうやって外に出て情報を得て、考えて、発信する、
という過程は、2500年前から変わってないんですよね。
このことから分かるように、
自分の殻に閉じこもっていては、新しい発見や成長はありません。
積極的に外の世界に触れ、様々な人々と交流することで、
自分の視野を広げ、発信の幅を広げることができるんです。
苦しみのメカニズムを理解する
ブッダは、こうやって厳しい修行に出たんですが、
実は、インドって、2500年前から
盛んにそんなことが行われていたんですね。
いわゆる、
「自分探しのプロ」
がめちゃくちゃいた。
とうことでもあります。
当時のインドは、
「自分探し」のジャンルにおいて、
「死ぬほど身体を痛めつけた先に本当の自分を見つけられる」
という風潮があったらしいです。
要するに、
ブッタはその波に乗ったということです。
え?
どんな修行してたかって?
そうですね、結構エグいですけど
聞きたいです?
そうですね。
そこまで言うなら…
「とげを敷き詰めたベットで寝る」
(体中穴開くやつ…)
「髪の毛全部むしりとる」
(おいおいマジかよ…)
「限界まで息止める」
(子供の頃風呂場で息止めたやつ、あんなレベルじゃないですよ…)
人って、息止め続けると、
頭激痛で全身熱くなるらしいです…
そんな激ヤバな修行を、
毎日行ってたそうです。
え?ちょっと前まで王子として何不自由のない暮らしをしてた人ですよね?
虚無感に苦しんでましたよね?
そんな人がここまで変われるって、
相当やん…
現代でこんなことやってれば
たちまちニュースになって
SNSではバズり散らかしてるかもしれませんが、
警察沙汰にもなるでしょうし、それよりも病院行き?
てくらい激しいことしてると思います。
そんな中でも、
まだ現代でも考えられるのは、
断食です。
これは現代でも有名です。
しかし当時の基準値は今のそれとは桁が違います。
どんなレベルかというと、
この写真レベルだったそうです。

OMG…
こんなことを、
6年間ほどやり続けたらしいです…
無理っす。
断食は流石に数日はできたとしても、
他のは無理っす。
ただ、当の本人、ブッタはこんな頭おかしいレベルの修行を6年やっても
なんかいまいちピンとくるものもなく、
もっと激しいのないかな。
とか考えてたみたいです…
ぶっ飛びすぎてて
なんも言えねーですもう。
なにがすごいって、
誰よりも本気でこんなことやったのに、
本当の自分が分からないままだった
全然見つかんねーじゃん。
っていう考え方をしていたってこと。
マインドどうのこうのじゃないんです。
考え方の問題なんです。
これについても、
Xの固定の企画から動画配ってるので、
ヒントになるかと思いますので、是非どうぞ。
/https://x.com/d_023023/status/1893648040080429302
こんな感じで、
同時のインドでは50年とか修行している人がざらにいたらしいです。
そう考えれば、
たった6年で見つけられる訳ねーわな。
そんなんで見つけられたら誰でも見つけられるよな。
先輩たちが前にいるなら
俺も続けようかな。
ブッタは、そう考えていたと思います。
たった数ヶ月で発信やめる、とかって考えたら、
だせぇ。
ってなりますよね。
ブッタ、ついに出会う。歴史を動かし伝説となった日
ブッタは、6年の修行を経て、
あることに気づいたんです。
それは、
この苦行って、もしかして意味なくね?
そう。
もっと他にいう方法あるんじゃね?
って気づいてしまったんです。
「いやーーっ。」
「今更変えるのきちーなー」
って思ったと思います。
それに、断食しずぎて

こんな状態。
死にかけのアラフォーです。
私、同年代やし…
キツイの通り越してるのはわかる…
もし、ここでブッタがここで力尽きてたら、
仏教は生まれてなかったんですよね。
まぁでもブッタなんで、
持ってました。
そう、ブッタは死にそうになったところを
助けらたからこそ、
歴史に名を残せたんです。
その伝説となったのが、
当時のギャルとの出会い。
「あのイケメン、死にそうじゃね?」
と近所のギャルが、
おかゆを持ってきて食べさせてくれたんです。
(表紙の画像です)
今なら、なんかヤバそうな人がいると
素通りする人が多い中、
この心優しいギャルは、多分イケメンなブッタを見て(知らんけど)
助けたろ!!
って思ったんだと思います。
でも、よくよく考えると、
断食って当時のブームだったので、
そういう人にご飯あげるって、
おかしな話ですよね。
しかもおかゆっていうチョイス。
ブッタはここでめちゃくちゃ葛藤したと思います。
だって、
苦行中ですから。
・・・今までの努力が無駄になるかもしれない。
・・・もしかして、この苦行違うんじゃね?
・・・って思ってしまったけど、
・・・そうはいってもこの苦行は今の時代当たり前のこと。
・・・先輩たちからも、あいつ食ったね。
・・・もう終わりだね。
なんて言われかねない。
そうやって
ブッタは、葛藤に葛藤を続け、
悩みまくった結果、
こう選択したんです。
「俺、おかゆ、食う」
ブッタは、
「この苦行違うんじゃね?」
の違和感が、
このおかゆを食べることで、何か違う景色が見えるかも…
ということに
かけたんですね。
ブッタ「あぁ…うめぇ…生き返る…」
ギャル「だよね…(だって死にそうだったもんね)」
もうあれですよね。
ドラゴンボールにでてくる
仙豆。
一粒の豆で体力全開するあの伝説の豆。
かりん塔のタルの中にあるあれ。
こやって過去最強のコンディションになったブッタは、
この食事のちに、
くっそでかい木の下でこの経験を元に瞑想したら、
悟ってしまったんです。
ブッタの悟りで有名なやつ。
誰もが知ってるやつ。
それは、
「四苦八苦」です。
ブッタは、この概念にたどり着いた人だったんです。
やばいですよね。
ギャル様様です。
おかゆ様様です。
「四苦」とは、
生、老、病、死という、
人間なら誰しも避けられない苦しみのことです。
「八苦」とは、
四苦に加えて、愛別離苦(愛する者と別れる苦しみ)、
怨憎会苦(憎む者と出会う苦しみ)、
求不得苦(求めるものが得られない苦しみ)、
五蘊盛苦(人間の存在そのものが苦しみであること)を指します。
これは、現代風に言うと
人の中にある「苦しみのメカニズムを理解する」ということかなと。
なんかすげーことやってません?ブッタって。
2500年前の人ですよ?
当時から人間心理について考えまくっていたんです。
人間の苦しみの原因を、徹底的に分析しまくって、
その根源にあるものを突き止めようとしたってことですよね。
まさに研究者ブランディングです。
というか、概念を作った人なので、そんな簡単に語れるものでもないんですけどね…
このことからも、
情報発信においての
「苦しみのメカニズムを理解する」という視点は非常に重要だってことがよーく分かりますよね。
なんでかって言うと、
人が情報を求めるのは、
何らかの苦しみや、悩みを解決したいという欲求があるから。
今ではそれがビジネスになるんです。
しかしブッタの時代はそうじゃない。
ホームレスをしながら、
それを探求し続け、後世に残した。
家族を捨て、
王子という職を捨て、
限界ぶっちぎりのサバイバー生活を選び、
結果を出す。
いや、これこそが基準値やな、と思いませんか?
流石にブッタのように、
とは言いませんが、
世界の偉人、すでに成功している人の思考の中に、
ヒントは腐るほどあります。
そうやって、
読者の苦しみの原因を説くための学びを続け、
それに対する解決策を提示することができれば、
あなたの発信は多くの人々にとって価値のあるものとなるのでは
ないでしょうか?
自分とかない
他にもブッタが悟ったのは、
「無我」という悟り。
本当の自分を探すために出家したのにも
かかわらず、
まさかの「自分とか、なくね?」
でした。
ムズイ概念です。
そうですね。
例えば、
何か物を探してたとします。
あれ?どこいったっけなー「あれ。」
何時間探しても出でこない「あれ。」
絶対あるはずなのにない「あれ。」
丸1日かけて探して、もう諦めようかなって思った時に、
あ、そもそも「あれ」なんて持ってなかった。
ってやつ。
こんなことがあるかは知らないですが、
ブッタの言う、「自分なんてない」と言うのは、
これと同じことなんです。
あるはずのないものを探してしまう。
絶対ないのに。
「ない」ものを探すことは完全に「ムダ」で
くっそほど意味のないことです。
これも経験と言うこともできます。
ただ、丸1日とかなら良いですが、
何年も続くとただの悲惨な出来事にしかなりません。
いわゆるノウハウコレクターと言われるやつです。
そんな経験するなら、
ちょっと痛い目にあってでも、我慢した方が良いって思います。
それがお金を払うってことかなと。
それが、本だったり、
教材だったり、コンサルだったり。
だって、自分の頭の中にないんですから。
見つけようがありません。
こうやって手に入れた思考を、
出して、話して、使ってみて、
あれ?伝わりにくかったな。
次はどうしよっかな。
てことを繰り返して
使えるようになっていく、
この過程が楽しんです。
きっとブッタもそうだったはずです。
ただそれを、どんでもない環境でやってのけた。
まさにぶっ飛んだ基準値です。
その経験の中でブッタが辿り着いた境地
「自分なんてない」
ということ知るために、
6年も苦行をしながら探す、
なんなら50年とか続けてる人もいる。
だとしたら、
「ない」ものを探し続けるのは、苦でしかないですよね。
そもそも自分ってものは、
誰かの言葉、教え、学校教育、親、友達、先輩、上司、ニュース、
そういった外部のものを子供のころから仕入れて、
それが価値観となり、自分ができ上がってるって思いません?
その環境によって
自分が生まれていると。
そう考えると、
本来自分ってない。
にたどり着くと思うんですけど、
どうですかね。
外から得たもので、形成さてれいく自分。
これを情報発信においての
失敗例で例えると、
なぜか、教えてもらったのに、
自分の頭の中にあるものに変換して使おうとする人。
(自分のフィルターを通すってことをしてしまっている人)
正解を探し続け、情報を追い続けることかなと。
私もやってました…
さっきも話した、
誰かの言葉、教え、学校教育、親、友達、先輩、上司、ニュースなど、
いい環境で、いい情報だけ、
先人の知恵や、強者の思考、
そういったのを取り入れ、その視点で考える。
ってことをしていると、
新しい自分になっていける。
今の自分の中に「ない」ものを仕入れて、ア
ップデートしていく。
それが、最強への道
なのかなと。
なのに、
元々「ない」のに、
自分のフィルターで考える。
そりゃ無理よねって話。
ってなると、
正解という情報を追い続けることも違うなってなってくるんです。
そもそも、正解なんて「ない」んです。
あるとすれば、正解の考え方、ということ。
その考え方を探す。
それをせずに、情報だけをひたすらに追う。
正解じゃないものを追ってても、
ただのムダってことになる。
そこに気づいて、判断して、情報を見極められたらいいですが、
それには見る目、だったり、経験に左右さる部分でもあるので。
要は、
「今の」自分の価値観によって良い、悪い、
が判断されている。
ということ。
今、「できない」ということは
「見極める」ための視点というのが、
今の自分の中には「ない」ということ。
だから、
外に出て、話を聞く。
人と話して、新たな視点をもつ。
お金をかけて、「ない」物を仕入れる。
そうやって話をしていったり、
学んでいったりすることで、
自分が良いと思えること、
この発言は価値になるんだということ、
その結果、
この話って思ってた以上に興味を持たれるんだな。
この情報は、あまりいいものではないな、これだったら自分の方が良いな。
そうやって自分の実力が分かっていく。
そういうものかと思います。
でもちょっと、矛盾しますが、
答えは自分の中にあったりもします。
外ばかりに目を向けて自分の頭、心、そこを見落としたりもします。
これも事実。
こればっかりは、引き出してもらわないと、出にくかったりします。
ちょっとこれは難しいですかね。
でも、そういうことなんです。
もし、聞き出して欲しい。とかあれば、LINEとかXのDMで連絡ください。
これまで1000人以上見てきていますので、割と容易に見つけられます。
中道のススメ。極端を避け、バランスを取るということ
厳しい修行の末、ブッダは「中道」という考え方にたどり着きます。
これは、
快楽に溺れることも、
極端な苦行に走ることも避け、
心穏やかに真理を求める「バランスの取れた道」のことです。
これは、言い換えると、
「極端はダメよ」ということ。
情報発信においても、この「中道」の考え方は非常に重要です。
例えば、
自分の意見を直接的に押し付けすぎたり、
逆に、読者の反応を気にしすぎて自分の意見が言えなくなったりするのも、
極端な状態と言えませんか?
大切なのは、
自分の意見を持ちつつも、
読者の視点に立って考えるという、バランス感覚です。
つまり関節メッセージってことだったりもします。
このバランス感覚こそが、
多くの人に共感される情報発信の極意なのかなと。
強者がこぞって関節メッセージという本質なのかなと。
全てのものは繋がっている
ブッダの教えの核心の一つに、「縁起」という考え方があります。
これは、全てのものは互いに依存し合い、
単独で存在するものはないという、
いわば
「全てのものは繋がっている」という考え方です。
これは、現代の情報発信においても非常に重要な視点です。
なぜなら、
あなたの発信は、あなた一人で完結するものではない
あなたの発信は、
読者、社会、そして世界と繋がっています。
あなたの発信が、誰かの心に響き、
あの人の行動を変えるかもしれないんです。
そして、その行動が、また別の誰かに影響を与え、
社会全体を動かす力となるかもしれません。
これはとある強者のポストでも言われており、
共感してそのまま引用したこともあります。
こちらです。
https://x.com/d_023023/status/1895490595206111572
こうやって広がっていくんだなと、
体感しました。
情報発信とは、
単なる自己表現ではなく、世界と繋がるための手段。
この「縁起」の視点を持つ。
ということも、学びになります。
まとめ。ブッタから学ぶ、情報発信
さて、ブッタの教えから、
情報発信のヒントを探る、という話。
いかがでしたでしょうか?
「バキバキの虚無感に苦しんで生きていた」
そんな
過去を持つブッタ。
「超ハイスペックな引きこもり」
でありながら、
外の世界に触れて悟りを開いたブッタ。
「苦しみのメカニズムを理解する」(人間理解)
ことで、人々の悩みに寄り添ったブッタ。
「極端を避け、バランスを取る」
中道を説いたブッダ。
「全てのものは繋がっている」
という縁起の理を説いたブッダ。
これらの教えは、現代の情報発信にも活かせる普遍的な知恵。
そう思いました。
- 読者の虚無感に寄り添い、解決策を提示する。
- 自分の殻を破り、外の世界と積極的に繋がる。
- 読者の苦しみの原因を深く理解し、共感する。
- バランス感覚を持ち、極端な発信を避ける。
- 自分の発信が世界と繋がっていることを意識する。
このポイントを意識することで、
私達情報発信者が、より多くの人々の心に響く、価値のあるもの。
となっていくのではないでしょうか。
結構なボリュームになってしまいましたが、
最後までお読みいただきありがとうございました。
感想などいただけると嬉しいです。
最後に、
冒頭でも話ましたが、
外に出て学ぶ。
格上から直接学ぶ。
というのは、私も経験してからというもの、
随分考え方が変わりました。
自分の中にあるものでは
できない。
ということを悟り、
シンプルに真似したら、
その結果、情報発信初めて3ヶ月で30万以上稼いだり、
妻にも教えて、同じ金額稼いだりと、やはり外からの情報の凄さって違うな。
というのを身をもって体験しました。
今後もセミナーやワーケーションなど、
どんどん増えてきます。
その中で、学びをまとめるってことをするだけで、
価値になり、困ってる人に届けられたり、主催者が教材化するってことだってあります。
実はそんな中で、うまく立ち回り、情報を独り占めできる。
という戦略的立ち回り方、
というのがあります。
それをまとめたのがこちらです。
/https://park.jp/service_menu/7510
強者からの評判もかなり良いいです。
情報を独り占めして、それを価値提供し
収益化してみたい!
という方は、
一度ご覧になってみてください。
特典もエグいので、
それ目当てで購入いただいた方もいらっしゃいます。
次回はアニメから学ぶ人間心理か、自己紹介を考えています。
ありがとうございました。
コメント